偽ることへの慣れ

先日コーヒー屋を自営業している知り合いと話しながら色々感じた

 

その時思った事は色々自分に嘘ついているんだろうなという直感

 

僕が感じた直感なので正しいかどうかは置いおき

 

その時の直感からふと色々考える

 

多分その人は自分では自分を偽っていないと言うだろうし、そもそも自分の本心が何なのかを把握する事も出来そうになかった

 

僕はそれを見ながら自分の本心を見つめる事や受容する事も能力がいるのかなと思った

 

その人は前提の偽りがあった上で努力しているから何も埋まっていかない

まず前提の論点が既にズレているからだ

 

僕はその人を見ながら自分を見るような気持ちになった

 

偽らないってのは真っ裸になる事とも言えて、真っ裸にならないから大人なんだけど、結局偽ったものはチグハグするから美しさがない

 

本当に人を心から感動させるものとは真っ直ぐで真っ裸でないといけないんだろうなと思った