ふと思い出した事を書いておこう
仏教を学んでいた時にあるスピリチュアルに傾倒している女性と出会った
その人と話していて腹が立つ事が多かったのだけど、その一つに慈悲とか、利他とか、そういった崇高な事を持ち出す事だ
僕にはそこには矛盾をどうしても持ってしまうのではないかと思う
駅前にホームレスの人がいる
彼らに対して具体的に何か救いや、支援をする人はどれだけいるだろうか
その人は自分の生活レベルを下げてでもそういった弱者に手を差し伸べるのだろうか
そこまでいかぬとも、贅沢に使うはずだった自分のお金を彼らの今日生きるお金として渡すことはできるのだろうか
あの人達(ホームレス)は自己責任と切ってしまわないのか
僕は少なくともその女性がそれをするとは思えなかった
慈悲とか利他とか、言葉に酔って、その言葉の意味もわからず、表層的に使っているだけだろうと思っていた
なのでわかったような言い方が僕をイライラさせた
僕は矛盾を突きたくなる。突きはしないけど
宗教の胡散臭さと魅力は、結果人間社会というものから逸脱する事だと思う
胡散臭いだけならばいいが、そこに魅力もあるので厄介だな